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東京地方裁判所 昭和38年(レ)75号 判決 1964年1月23日

判   決

東京都杉並区和田本町一〇八六番地

控訴人

川崎一郎

右訴訟代理人弁護士

三根谷実蔵

中村忠純

斉藤治

東京都杉並区和田本町一〇〇五番地

被控訴人

金子匡男

右訴訟代理人弁護士

内藤功

右当事者間の昭和三八年(レ)第七五号建物収去土地明渡請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の本訴請求を棄却する。

被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、第一、二審ともに被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

第二  当事者双方の主張

当事者双方の事実上の主張は、次に掲げる事項のほかは、原判決事実らんに記載されたところと同一であるから、これを引用する。

(一)  被控訴代理人の主張

被控訴人の父訴外亡金子銻五郎が生前別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を控訴人に売り渡したとの事実は被控訴人の否認するところであるが、かりにその事実があつたとしても、控訴人は、これにつき所有権取得の登記を経由していないから、右売買に基づく所有権取得をもつて被控訴人に対抗できず、一方、被控訴人は、銻五郎の生前である昭和三二年二月二六日銻五郎より本件土地を含む旧東京都杉並区和田本町一〇八六番一号宅地一六〇坪五合(以下これを旧一〇八六番一号の土地という。)の贈与を受け同月二八日その旨の登記を経由しているので、右贈与に基づく所有権の取得をもつて控訴人に対抗できることとなり、その結果、銻五郎が控訴人に対し負担していた売買に基づく所有権移転登記手続に協力すべき義務は、銻五郎の生前、すでに、履行不能に帰し消滅した。従つて、被控訴人が右義務を承継することはあり得ない。

(二)  控訴代理人の主張

(1)  銻五郎は、被控訴人が問題の贈与のあつたと主張する昭和三二年二月二六日当時は、重病で入院中であり、しかも死期間近の状況にあつた(その後一二日を経て死亡している。)ことから考えても、銻五郎が正常な意思能力をもつて、真意に基づき贈与の意思表示をするはずはなく、かりに銻五郎が、死亡した事実があつたとしても、それは、一筆の土地のうち、すでに控訴人に売渡しずみの本件土地を除く、その余の部分のみを贈与する趣旨で意思表示が行われたものと解すべきであるにかかわらず、たまたま、分筆登記が未経由であつたところから、被控訴人において、本件土地を含む一筆の土地全部につき贈与を受けたもののように移転登記を経由したものであつて、本件土地に関するかぎり、銻五郎の真意に基づく贈与の意思表示はなかつた。

(2)  さらに翻つて、かりに贈与の事実があつたとしても、この贈与は、次に述べるように、被控訴人が登記の欠を主張することが背信的と認められるような事情の下で行われたものであるから、被控訴人は登記の欠を主張しうる第三者に当らない。

すなわち、被控訴人は、銻五郎の相続人として、銻五郎が売買に基づき控訴人に対し負担していた所有権移転登記手続に協力すべき義務を承継すべき地位にあつたところ、被控訴人は、このことを知り、かつ、被控訴人において生前の贈与を原因として、本件土地を含む旧一〇八六番一号の土地全部につき所有権移転登記を経由するにおいては、銻五郎の登記協力義務が履行不能により消滅するに至るべきことを知りながら、しかも、銻五郎の死亡直前に、その死亡を予見し、いわゆる「形見分け」ないし相続分の指定と同趣旨において問題の贈与及び所有権移転登記が行なわれたものであるから、かような事情にかんがみれば、被控訴人が控訴人の登記の欠を主張することは、不動産登記法第四条、第五条の場合に準ずべき場合、すなわち登記の欠を主張することが背信的と認められる場合にあたり、従つて、被控訴人は、登記の欠を主張するにつき正当の利益を有する第三者にあたらない。

(3)  以上の主張が理由がないとしても、被控訴人の本訴請求は、次に述べるような理由から、権利の濫用にあたるものというべきである。

すなわち、被控訴人は、銻五郎から、本件土地を含む旧一〇八六番一号の土地の外一二筆を承継し、現住所は自己の所有地であり、本件土地使用の必要性はない。しかも、本件土地は控訴人が買い受ける前は、他に賃貸されていたものであり、また本件土地を除く残余の旧一〇八六番一号の土地も、他に賃貸されており、元来、この土地は、被控訴人にとつては、他の土地と合せて、地代収入源の一つとしての価値をもつに過ぎなかつた。そればかりでなく、被控訴人は、かりに本訴において勝訴し、建物収去、土地明渡の目的を達し、これを他に賃貸若しくは売却等をすることによつて利益を収めることができるとしても、これと同時に、銻五郎の相続人として、同人が控訴人に対して負担する、債務不履行ないし不法行為を原因とする損害賠償債務(債務額は、本件土地の更地価格と建物価格等の合計額となる。)を承継することとなるので、このことを考慮にいれれば、被控訴人は、本訴請求によつて、社会的にも経済的にも、それほど利益を得られないことは明らかである。これにひきかえ、控訴人は、本訴に敗訴するときは、次のような甚大な損害を被ることとなる。すなわち、控訴人は、月収約六万円の東京都交通局の職員で、妻及び六人の子供をかかえ、俸給生活者の常として、収支ぎりぎりの生活を続けており、まとまつたたくわえもなく、被控訴人の本訴請求が認められれば、ただちに、路頭に迷う結果となる。そればかりでなく、もともと、本件土地は、昭和二六年当時他に賃貸され空地となつていたので、控訴人において借地人より借地権譲り受けの承諾を得た上、土地所有者銻五郎にその承認を求めたところ、銻五郎の側から、土地を買い取るようにとの懇請があつたため、これに応じ、昭和二八年七月住宅金融公庫から融資を受けて本件土地上に現在居住の本件建物を建築し、爾来約一〇年間、控訴人一家の生活は、本件土地を中心として築かれて来たものであるところ、本訴の運命いかんによつて、控訴人がこの土地を本拠として築き上げた生活関係は一挙に覆滅されることとなる。さらに、本件土地とほぼ同一条件の更地を他に買い受ける場合の価額、新たな建物を取得する価額、現在の建物収去及び移転に伴なう費用はばく大なものとなるほか、銻五郎の不法行為により控訴人の被つた生活利益の喪失による慰藉料を考慮に入れれば、控訴人の被る損害はさらに増大することとなる。以上のように、被控訴人は、本訴請求が認められることによつてそれほど利益を受けることがないのにひきかえ、控訴人は、これにより、生活上、甚大な損害を被ることとなるので、被控訴人の本訴請求は、権利の濫用にあたり、認容さるべきものではない。

(4)  控訴人が昭和二六年六月二九日付売買契約により銻五郎から本件土地を買い受け所有権を取得しながら、その旨の登記を経由していないことは認めるが、それは、本件土地が一筆の土地の一部であつたため、分筆登記の上でなければ所有権取得の登記を受けられない事情にあり、控訴人から銻五郎に対し再三分筆の上登記手続を行うよう要請していたにもかかわらず、銻五郎の協力が得られなかつたので、遂に所有権取得の登記を経由することができないまま銻五郎の死亡をみるに至つたのである。

第三  証拠関係≪省略≫

理由

(証拠―省略)を綜合すれば、控訴人は、昭和二六年六月二九日被控訴人の亡父金子銻五郎からその所有の本件土地を代金六万三〇〇〇円で買い受け、代金の内金四万円は即日支払を了し、残代金は同年末日限り、所有権移転登記手続の完了と同時にこれを支払うことと定め、その後銻五郎より残代金を支払えば登記をする旨の申出があつたので同年一〇月二一日残代金の支払を完了した事実を認めることができる。(中略)他に右認定を動かすに足りる証拠はない。(中略)他方、(証拠―省略)を綜合すれば、銻五郎は、その生前である昭和三二年二月二六日本件土地を含む旧一〇八六番一号の土地を被控訴人に贈与し、これを原因として同月二八日所有権移転登記を経由ししいる事実を認めることができる。控訴人提出の乙各号証その他の証拠では右認定を動かすに足りない。

以上に認定したところによれば、本件土地は、銻五郎の生前に、控訴人と被控訴人とに二重に譲渡されたこととなり、従つて、控訴人が所有権の取得をもつて被控訴人に対抗できるかどうかは、被控訴人が控訴人の登記の欠を主張することのできる第三者にあたるかどうかによつて決せられることとなる。

そこで、この点につき考えてみるに、不動産登記法第四条、第五条は、登記の欠を主張することのできない場合を右両条掲記の場合に限定する趣旨と解すべきではなく、かえつてこれらの規定は、登記の欠を主張することが背信的と認められる典型的な場合を例示したものであり、従つて右両条掲記の場合に直接該当しない場合においても、登記の欠を主張することが右各条所定の場合に準ずるような背信的行為に当たると認められる場合には、登記の欠を主張することを許さない趣旨と解すべきところ、(証拠―省略)を綜合すれば、被控訴人は銻五郎の死亡した昭和三二年三月一〇日当時まで同人と同居し、その死亡の二、三年前から銻五郎の所有地を管理しその賃貸地の地代を受領していたこと、控訴人は昭和二八年本件地上に家屋を建築し爾来これに居住し、被控訴人は遅くとも昭和三〇年頃から本件地上に控訴人所有の家屋が存在することを知り、しかも控訴人が本件土地につき地代を支払つていない事実を知つていたこと、被控訴人が銻五郎とともに居住していた家屋と控訴人居住の家屋との距離は二〇〇メートル余の近距離にあること、被控訴人の弟金子省吾が銻五郎の生前である昭和三一年頃被控訴人の依頼を受けて控訴人方をおとずれ地代の支払を求めたのに対し、控訴人は売買契約書及び代金完済を証する書面(乙第一、二号証)を示して激怒し、省吾を追い返した事実があること、以上の事実を認めることができる。これらの事実によれば、被控訴人は、銻五郎から本件土地の贈与を受けた当時本件土地がすでに控訴人に売り渡されていたこと(従つて、銻五郎が売渡人としての義務を負担すること)を知つていたものと推認するのが相当である。(中略)、他に右認定の妨げとなる証拠はない。しかも(証拠―省略)を綜合すれば、問題の贈与は、銻五郎死亡の十数日前にその死亡を予見し相続開始による所有権取得に代えて予め生前に、相続開始後被控訴人に帰属する財産を取り決める趣旨において行なわれたものと認められ、右認定の妨げとなる証拠はない。他面、原審及び当審における控訴本人尋問の結果によれば控訴人は売買代金完済後、自ら若しくは妻を通じて銻五郎に対し何度か売買に基づく所有権移転登記手続に協力すべきことを求めたが、銻五郎はその都度、本件土地が当時一筆の土地の一部であり、分筆登記に手数を要することを理由に所有権移転登記手続を延していた事実を認めることができ(中略)控訴人が本件土地につき所有権移転の登記を経由していなかつたことにつきとくに控訴人の側に非難さるべき事情(たとえば、銻五郎が進んで控訴人に所有権移転登記手続に協力すべきことを申し出たに対し、控訴人がこれに応じなかつたなどの事実)があつたことを認めるに足りる証拠はない。

以上認定したところによれば、銻五郎の相続人としてその権利義務を承継すべき地位にあつた被控訴人は、銻五郎がすでに本件土地を控訴人に売り渡し、売主としての義務を負担していたことを知りながら、しかも銻五郎の死亡直前にその死亡を予見し、相続による所有権取得にかえて、生前贈与により売買の目的たる本件土地の所有権を取得しようと図つたものであり、他面控訴人が所有権取得の登記を経由していなかつたことにつき格別非難さるべき事情も存在しないというのであるから、かような事情の下で被控訴人が控訴人の登記の欠を主張してその所有権の取得を否定することは不動産登記法第四条、第五条掲記の場合に準ずるような背信的行為に当たるものと解するのが相当である。(なお、被控訴人が本件土地を含む旧一〇八六番一号の土地全部の贈与を受けこれにつき所有権取得の登記を経由することによつて、銻五郎が控訴人に対して負担していた登記協力義務が履行不能に帰し消滅し、その結果、右義務が相続人である被控訴人に承認されないこととなるという法律構成につき被控訴人が正確なる認識をもたなかつたとしてもこのことは、右判断の妨げとなるものではない。)従つて、被控訴人は、控訴人の登記の欠を主張することができず、その反面控訴人は、所有権移転登記の未経由にかかわらず、売買による所有権取得をもつて被控訴人に対抗することができる(従つてまた被控訴人の贈与による所有権取得を否定することができる)ものと解すべきであるから被控訴人が現に本件土地の登記簿上の所有名義人となつていることの争いのない本件においては、控訴人は被控訴人に対し、所有権移転登記手続に協力すべきことを請求する権利があるものといわねばならない。

以上判断したとおりであるから、爾余の争点の判断をまつまでもなく、被控訴人の本訴請求は理由がなく、控訴人の反訴請求は理由があることは明らかであり、右と反対の結論をとる原判決は失当であり、本件控訴は理由があるものといわねばならない。

よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第三部

裁判長裁判官 白 石 健 三

裁判官 浜   秀 和

裁判官 小 林 茂 郎

物件目録(省略)

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